アラフォー夫婦はなぜ今さら海外を目指すのか?

「一家でフィリピンに留学する」。

そう言うと、きまって「なぜ今さら英語留学?」「しかもフィリピン?」と驚かれます。じつは私たち自身も、40を目前にして自分がフィリピンに英語留学するなんて夢にも思っていませんでした。。。

もちろん、若い頃には海外旅行にいくたびに「ここに住んだら楽しいだろうなあ」と妄想をふくらませていましたが、それはあくまでも願望どまりの話。実際、商社や外資系勤務でもないし、海外にコネがあるわけでもない。不動産や株のような不労所得があるわけでもない。つまり「海外で暮らす」なんて発想自体、私たちには一度として浮かばなかったのです。

そんな”純ドメスティック仕様”の私たちの考えに変化が起きたのは、昨年起きたさまざまな出来事がきっかけでした。



スポンサーリンク

カントリーリスクが高まる日本で、私たちは家族の命を守れるだろうか?

直接的なきっかけは、やはり「東日本大震災」です。震災後に起こったいろいろなこと(原発問題など)については、ほんとうにいろいろな考え方やさまざまな立場があるのでここで是非を問うことはしませんが、ただ私が強く感じたのは、地震や津波という自然災害のリスクそのものだけでなく、政府の危機対応能力の欠如も立派な「カントリーリスク」ではないか、ということでした。


少なくとも、国や行政は、市民の命や健康について最優先には考えてくれない。いや、より正確に言うと「できない」のかもしれません。震災から数ヶ月経って、自分の家族の命に関わるような大事な情報(「すんません、やっぱメルトダウンしてました!」みたいなこと)が、わりとカジュアルに隠蔽されていたと知ったときは、ものすごい衝撃を受けました。

今でも忘れられません。

そうか。国家っていうのは、全面的に信用してはいけないんだな。結果的に、今回は大丈夫だったけれど、次に何か起きたときは大丈夫じゃないかもしれない。やっぱり有事のときは、自分の頭で考えて、情報を集めて、判断する必要がある。。。

そんな考えが頭をめぐるようになっていったのです。

今の生き方のままで、私たちは「悔いの無い人生」を送れるだろうか?

ご存知のとおり、今回の震災ではたくさんの方々が亡くなられました。震災後しばらくは、大切な人を失う悲しみ、そして大切な人を残して逝く無念に思いを馳せ、ただただ冥福を祈る日々が続きました。


人生は、突然終わることもある——。その事実を目の当たりにしたことで、あらためて「人生をどう生きるか?」について夫婦で話し合う機会が増えて行きました。

そこには、私たち夫婦の「健康問題」も少なからず影響を与えています。

先に体調を崩したのは私の方でした。2009年に息子を出産した後、1ヵ月で仕事復帰したものの保育園に空きがなく、不眠不休で乳児の世話をしながら家事、仕事をこなしていたところ、ダウン。2010年は盲腸と流産で2度の手術、さらに原因不明の高熱が1ヵ月近く続くなど、1年のうち半分ほど仕事ができない状態に陥ってしまったのです。

やっと体調が快復してきたところ、今度は夫の大腸にポリープが見つかり、手術。さらにその3ヵ月後、仙台に帰省中に髄膜炎を患い、入院。。。

それぞれの病気には関連性があるわけではないものの、病気のたびに主治医に言われたのが「疲れやストレスで免疫機能が低下している可能性がある」ということでした。たしかに育児しながら働くというのは大変で、夫は早朝に出て夜は遅くまで帰ってこられないし、私は保育園に預けている時間だけでは仕事が終わらず、夜中も寝ないで原稿を書いたりしていて、毎日お互いに余裕がなく、夫婦ゲンカばかりしていました。

私たちはそもそも、そんな生活を望んでいただろうか?

私たちはマイペースに仕事しながら、子供とのかけがえのない時間を夫婦で共有し、自由な人生を楽しみたかったのではないか?

もし病気の原因が今の生活における「ストレス」にあるのだとしたら、私たちは仕事をふくめ、自分たちの生活を根本的に変える必要があるのではないか……?

震災をきっかけに、今までお互いにぶつけ合うことのなかったそういう思いが、きちんと明言化され、しだいに夫婦のあいだの共通認識になっていきました。

そもそも東京というハイコスト・シティに住む必要はあるのか?

今さら言うことではないけれど、東京の生活コストは高い。本当に高い!

【参考】外国人駐在員にとって最も生活費がかかる都市ランキング2012
(組織・人事コンサルティング会社マーサー調べ)

例えば、世田谷あたりのちょっといい賃貸(築浅/ハイグレード/3LDK)に暮らそうと思ったら家賃18万円、
駐車場も借りたらプラス3万円、
ちょっといいレストランで家族で外食したら1万円、
美容院でカット&カラーしてもらったら1万5000円、
子どもが認可園に入れなくて認証に預けたら月額5万円、
英会話とかリトミックとか通わせたらお月謝それぞれ1万円、
ほかにも保険代、食費、携帯、ネット代、交際費……
などなど毎月ガンガンお金が出て行く。
そして子どもの成長とともに、莫大な教育費も負担となってのしかかってくるわけです。

東京で、子どもを育てながら「いい暮らし」をしようと思ったら、それこそ年収1000万円ぐらい必要な気がします(あくまで主観ですが)。

一方、今の日本に年収1000万円以上の世帯はどれぐらいいるかというと、全世帯のうち約12%(出典:平成22年 国民生活基礎調査の概況)。ちなみに我が家はその12%の中には入っていません。かすりもしない。っていうか半分以下だ。

ではなぜ私たちは東京に暮らしているのか?

「東京を離れたら仕事が見つからないから」などと思っているけれど、それって、根拠のない固定観念なのではないか? 仕事のやり方さえ工夫すれば、住む場所を選べたり、もっと生活コストの安い場所でマイペースに暮らせるのではないか?

ならば、日本の地方都市よりも物価が安く語学も学べるアジアに住んでみる?

そこで登場したのが「海外に住む」という選択肢でした。もちろん、日本の地方都市に引っ越すという選択もあるのですが、その場合は劇的に生活コストを下げることは難しいです。

【参考】平成23年 平均消費者物価地域差指数の概況

一方、物価が東京の半分とか3分の1で済むアジアの都市に暮らした(留学した)場合、ものすごく単純に考えると、生活費は今の半分か3分の1に抑えられる、ということになる。

また、海外であれば英語や現地語など語学を学ぶチャンスも飛躍的に増えます。つまり「語学力」というスキルがもう一つ増えるのです。

さらに、海外に拠点をもう一つ持つということは、いろんな意味でリスクヘッジにもなることも考えられます。

そして、「海外暮らし」は単純に私たち夫婦共通の憧れでもあったわけです。いつ終わるかわからない人生、やりたいことはやっておかないときっと後悔する。やるなら、親が元気で、子どもも就学年齢に達していない今しかないんじゃないか。

こうして「海外に一度は住んでみたいよねー」という子どもじみた願望がにわかに具体性を帯びてきたのです。

結論

このまま生き方を変えず、何もチャレンジしないで東京に居続けても、じわじわと、ゆっくりと、私たちの人生は下降線をたどって行く可能性が高いでしょう。もちろん、海外に飛び出たからといって、人生が上向くとは限りません。貯金が底を尽きて、ゆるやかな下降線どころか、一気に人生転げ落ちるかもしれません。

動かずにじわじわと下降するか、視界不良のなか思い切ってダイブするか。

そんな「究極の2択」を目の前にして、私たちはダイブする方を選びました。なぜなら、ダイブした先は、切り立った崖とは限らないから。それに、ダイブするという行為そのものが、私たちの人生を変容させる特異点になる可能性だって、おおいにあり得るはずだから。

そんなわけで、まずはチャレンジのファーストステップとなるフィリピンで英語の勉強をがんばります!

 

(画像はイメージです)

スポンサーリンク

コメントを残す