幻冬舎『GOETHE』

数多くのインタビュー記事を担当させていただいた男性ビジネス誌『GOETHE』(幻冬舎)。
2008年11月号では念願叶って石原慎太郎氏にインタビューすることもできました。



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石原慎太郎 痛ましき十代


『GOETHE』2008年11月号より

「十代は人生の中での、感性の宝庫です。しかし、往々、世間も当人も
それを知らずに過ごしてしまう。今振り返ってみると、私もそうでした。
この今になってアルマーニ銀座タワーで私の青春が蘇ることが出来たのは幸せです」
石原慎太郎は、10月7日から開催される自身が十代の頃に描いた
ドローイング作品の展覧会に対して、こう言葉をよせた。
そもそもこのイベントは、作品を見る機会を得たジョルジオ・アルマーニが、
同世代のアーティストとして共感し、そして企画したもの。
いずれの作品にも描かれているのは、十代の欲求と衝動、痛々しいまでの危うさと狂気だ。
これらを前に、あなたは何を見て、何を想うか。いまあなたの感性が試される——。
操上和美=写真 庄司里紗=文

 

(本文)

顔面に鉄の仮面を被せられた少年。仮面には容易に外れないことを示すようにビスが打ち付けられ、首には血の滴りを思わせる黒い筋が流れ出す。この痛々しさそのもののような青年の姿こそ、石原慎太郎・十六才の自画像である。

「これ、僕にそっくりなんだよ。その頃の僕に。じつに痛ましくて、信じられないぐらい可憐だと思う。いやあ、お前、よく耐えたなあ。よく人を殺めずに済んだな、と」

そこにあるのは、はちきれんばかりの欲求と衝動、そして他人を傷つけかねないむき出しの自我だ。十代の慎太郎さんはそんな止むに止まれぬ思いを、毎日のように真っ白な紙にぶちまけていた。この自画像は、その夥しい作品群の中の一つである。半世紀以上前、突き上がる情動とともに吐き出された夥しい線の連なりは、今も不穏な旋律となって観る者の心をかき乱す。

「なんでこんなものを描いたのか、どうやって発想したかすら、自分でもさっぱりわからない」

もはや自身にさえ謎となりつつある、これらの絵を描かせた衝動とは何だったのか。そう問うと、吐き捨てるようにこう云った。

「バカ言いなさんな! 十代っていうのはみんな天才なんだ。十代の俺だからこの絵が描けた。なぜかって? それが俺の本質だからさ!」

 

自我を貫くことでゲテモノは古典たり得る

慎太郎さんが十代を過ごした昭和20年代は、日本が敗戦を喫し、すべてが枯渇していた時代であった。人々は貧しく、物や情報に飢え、贅沢と消費に憧れた。

「当時は画用紙が足りないから、絵が描かれた2枚の画用紙の表側を貼り合わせて1枚の画用紙に仕立てて使っていた。油絵のカンバスなんかは高級品だから、一度描いた絵を削って表面を白く塗り直してまた次の絵を描いていた」

さらに十代の終わりに父の突然の死という事態に直面し、個人としての貧困も経験する。母と弟の三人で練炭火鉢のこたつに身を寄せ合い、家長としての責任の重さと目減りしていく貯金の残高に不安な日々を送っていたという。

「練炭は夜8時ぐらいになると消えちゃうから、おふくろは早く寝ろと言う。でも寝るにはまだ早いだろ。だからこたつの上でずーっと絵を描いてた。こんな絵を、ずーっとね。でも貧乏はやさしいんだよ。そういう貧乏の楽しさや甘美さが、まさにこの絵に出てるよね。人間は貧乏じゃなかったら、発想力なんて出てこないんだよ」

十代の衝動はいつも、危うさと狂気を孕む。慎太郎さん自身、「今回の個展のタイトルは、本当は『人を殺しかねない十代』にしたかった」と語るほど、そのエネルギーは犯罪と紙一重だ。その衝動に方向性を与え、作品として昇華させる起爆剤になったのが、痛ましさに育まれた想像力なのだろう。

「僕らが十代の頃は本当に何もなかった。だから感性だけがかえって研ぎすまされてね。今思えば、十代という時代を情報に頼らず、自分の感性だけを信じて生きられたというのは、とても幸せなことだったかもしれない。でも今は物も情報もすべてが豊潤だろ? だからオリジナルな芸術が生まれにくくなっているんじゃないか」

現在、選考委員を務める芥川賞の選考でも、世間に媚びてマーケティングしたような作品ばかりが目立つという。

「小説や芸術は、最初すべてゲテモノであるべきなんだ。そうでなければ、新しいものなんて生まれやしない」

かつて『太陽の季節』や『処刑の部屋』を携え、既製の価値を紊乱した「石原慎太郎」もまた、まさしくゲテモノであった。

「僕の小説を最初に支持してくれた三島由紀夫は『現代小説は古典たり得るか』という評論の中で、僕の『亀裂』という長編小説を核に据えて評価してくれたけれど、僕の顰蹙を買い続けた若い頃の作品は、今では古典になりつつあると思う。だから僕はワンダーサイトの表彰式で若いアーティストたちに言ってるんだ。『若者のアートはゲテモノでいい。ただし古典になるつもりで自我を貫いてやれ』と」

表現の本質とはすなわち自我(感性)の露出である、と言う。しかし人間が自我に目覚め、唯一無二の個として生きようとしたとき、そこには必ず軋轢が生じる。その摩擦係数が大きければ大きいほど、異物の烙印を押され、社会という枠組みの外へ外へと追いやられて行く。多くの若者はその摩擦に耐えられず、どこかで見た、何かに似た、無害な形へと己を変え、凡庸な大人に成り下がっていく。十代の慎太郎さんは数多くの素描で、二十代の慎太郎さんは文学で、そんな社会による個の粛正に敢然と立ち向かった。つまり、石原慎太郎を石原慎太郎たらしめた本質が、ここにあるのだ。そして今もなお、十代の自我を保ったまま、彼は彼であり続けている。

自我を貫き、ついに古典たり得たゲテモノは、力強くこう吠えた。

「僕の本職は“石原慎太郎”。それ以外の何ものでもない。だから自我を貫かなければ生きていけない。僕は今でも世にはばからぬゲテモノですよ。僕みたいに誤解されて憎まれて、一部の人にしか愛されない人間なんて、いやしないよ」

 

物の枯渇こそが逆に豊富なものを育む

「十代の頃の発想力やイメージって、自分でもすごいと思う。僕は今でも絵を描くけれど、今の方がはるかに絵の技術は上達している。でも発想力やイメージは、昔に比べてはるかに劣ってしまった。つまり十代っていうのは、いつだってそれぞれの人生にとって最高の季節なんだ。だから二十歳の誕生日を迎えたときは、ものすごく嫌な気分だった。『ああ、結局俺は十代に何も成し遂げることはできなかった』ってね」

人生の中で最良の季節といえる青春時代。それを正統な青春足らしめるには、不可欠な三条件があったという。

「第一に戦争。第二に貧困。第三は、命がけでぶつかりたくなる偉大な思想。今じゃ、みんななくなってしまったものだけどね」

飽食に慣れ、世才に長け、戦争も貧困も思想も知らない現代人たちに、その言葉はどんな風に響くのだろうか。インタビューの最後、無謀と知りつつアドバイスを求めてみた。

「豊かな時代に育った我々はどうすればいいかって? そんなもん、まず自分で考えろ。そうだ、断食しろ、断食(笑)」

 

(了)

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