MY LIFE, MY SHIBUYA「手話と体当たりで人生を滑走するたくましきデフスキーヤー:粟野達人さん」

“ちがいを ちからに 変える街” を目指す渋谷区が運営する新メディア「MY LIFE, MY SHIBUYA」でインタビュー記事を書きました。

手話と体当たりで人生を“滑走”するたくましきデフスキーヤー(前編)

手話と体当たりで人生を“滑走”するたくましきデフスキーヤー(後編)

障がいがありながらも、仕事や家庭生活などの様々なステージで、日々真剣に生きている人たちの日常に迫り、描き出すノンフィクション・シリーズです。第1回目は、東京都聴覚障害者連盟会長の粟野達人さん(61)にお話をうかがいました。



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外国語と同じように手話が使えたら思いが伝わる相手はもっと増える

ところで、長くライターをしてきた私ですが、聴覚に障がいがある方へのインタビューは今回がはじめてでした。

手話の通訳さんを交えてのインタビューは、いつものインタビューとちがって、どうしても相手との会話に「間」が生まれます。もっと今の話題について深く聞きたい、と思っても、うまくリズムをつかめず、アワアワすることが何度もありました。

でも、そのときに気づいたんですよね。わたしはこれまで「手話」というものの存在をほとんど意識してこなかったことに。

©️SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS,LLC 写真=松本昇大

手話は、目の前にいる粟野さんとの唯一のコミュニケーションツールでした。もし私が手話を知っていたら、もっとスムーズにお話を聞けたのに。わたしが感じた気持ちを、伝えられるのに。そう思ったとき、粟野さんに自然と「いちばんかんたんな手話をおしえてください! 今日おぼえてかえります!」とお願いしていました。

粟野さんは笑って「ありがとう」と「どういたしまして」という手話を教えてくれました。それが、とてもうれしかった。うれしくて、家に帰ったあと、すぐに息子にも教えました。

今、2020年に向けて「ダイバシティ&インクルージョン」(多様性と受容)の大切さがさまざまな場面で叫ばれています。でも、多様性とか受容って、そういう難しいことじゃないのかもしれない、と今回のことを通じて思いました。

 「聴覚障害者と出会ったら、英語しか話せない外国人とのコミュニケーションをイメージしてみてほしい。そんなとき、私たちは知っている単語を使って何とか対話しようとしますよね。それと同じように、聴覚障害者とは手話を使って対話することができます。だから健常者の人たちには、ほんの少しでいいから手話を覚えてほしい。そういうささやかな思いやりこそが、障害を持つ人々の世界を広げてくれる。そのことをぜひ多くの人に知ってもらいたいですね」

インタビューの中でそう語った粟野さん。

目の前にいる人のことをもっと知りたい、わかりたい。何か、役に立ちたい。そのために、今よりすこしだけ歩み寄る。そんな「一歩踏み込んだコミュニケーション」を、みんなが意識するだけで、世界はぐんとやさしくなるのかもしれない。取材後、私たちを外まで見送ってくれた粟野さんと、お互いに何度も何度も「ありがとう」の手話を交わしながら、そんな風に思いました。

というわけで、ぜひぜひご一読いただけるとうれしいです。
手話と体当たりで人生を“滑走”するたくましきデフスキーヤー(前編)
手話と体当たりで人生を“滑走”するたくましきデフスキーヤー(前編)

 

そしてこのTシャツちょっと欲しい。

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