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2016.02.01
【Bookレビュー】宅急便の父・小倉昌男の知られざる側面を描いた『祈りと経営』を読みました。 | SPECIAL

【Bookレビュー】宅急便の父・小倉昌男の知られざる側面を描いた『祈りと経営』を読みました。

[ 日記 ]

 

久しぶりに本を読んで感動して泣いた。

小倉昌男 祈りと経営: ヤマト「宅急便の父」が闘っていたもの
小倉昌男 祈りと経営: ヤマト「宅急便の父」が闘っていたもの

日本で初めて宅急便を考案し、父が興した「ヤマト運輸」(現ヤマト・ホールディングス)を経営危機から救い、日本中で知らぬ者がいない一大企業に育て上げた経営者・小倉昌男。「宅急便の父」「カリスマ経営者」としての姿に迫る評伝は、すでに多くの書き手によってさまざまな本にまとめられているが、「家庭人」「生身の人間」としての小倉昌男に肉迫した書物は、まだ誰も書いていなかった。いや、正確にいえば、気付いていなかった。彼が、人生を通じて、ひそやかに捧げ続けた「声なき祈り」に、これまで気付いた者は誰もいなかったのだ。

それはまさに、彼の人生の軌跡から発露する、声なき声だった。小倉は、経営の第一線を退いた後、私財のほぼ全て(46億円)を投じて「ヤマト福祉財団」を設立。障碍者福祉に晩年を捧げた。そして2005年、日本から遠く離れた米国ロサンゼルスにて客死する。福祉活動をはじめた理由について、小倉本人は生前、ついにはっきりとした動機を語ることはなかった。そしてまた、真剣にその理由を問う者もいなかった。しかし、そんな「つじつまの合わない感じ」がかもしだす不協和音に、ついに一人のジャーナリストが「気付いた」。この本『祈りと経営 』の著者、ジャーナリストの森健氏だ。

なぜ小倉は全ての私財をなげうって障碍者福祉に取り組んだのか? そして、なぜ遠く離れた米国で亡くなったのか——? そんな素朴な疑問から、森健氏の「にんげん・小倉昌男に出会う旅」がはじまる。

本書の中では、小倉が行政と戦ってまで成し遂げた「宅急便」の事業化など、ビジネス上の功績についてはくわしく触れていない。著者の発した疑問は、ていねいに集めた、さまざまな関係者の証言との「つじつま合わせ」によって、まっすぐに「知られざる真実」へと向かっていく。著者は取材を重ねるうちに、小倉の「謎」の背後に「家族」という名の不協和音が通奏していることに気付く。誰のせいでもなく突然ふりかかった困難に、引き裂かれ、こわれてゆく家族。取材をすすめるうちにひも解かれていく小倉の苛烈な運命に、著者は驚愕し、葛藤し、躊躇し、苦悩しながらも、筆は鈍ることなく、真実に近づいていく。

気付いたときには、最終章まで一気に読み進めていた。晩年の小倉の、福祉活動に対する「覚悟」に思いを馳せ、涙があふれた。同時に、著者はよくぞここまで描き切った、と思った。遺族や関係者は、よくこの本を表沙汰にすることに同意したな、とさえ思った。書き手と、取材された人々との間の、強い信頼関係を感じさせる作品だった。

遺族はなぜこの本が世に出ることを赦したか? それは、書き手である彼が、最初に気付いた人間だからだ。ごく親しい者たちすら気付けなかった、小倉昌男の声なき声に耳を澄まし、その祈りをただしく届けた人間だからだ。小倉が心から大切に思い、その幸せを願ってやまなかった人々に——。

この作品が、小学館ノンフィクション賞史上はじめて、選考委員の満場一致で大賞に選ばれた理由が腑に落ちた。ジャーナリズムは、まだまだ可能性と力を秘めている。森健さんの次回作に期待。


小学館ノンフィクション大賞受賞作『祈りと経営』(森健・著)
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