Maker Faire Tokyo 2018 パネルディスカッション「オルタナティブ・ライフ:まだ見ぬ生命の姿を求めて」レポート

8月5日、東京ビッグサイトで開催された「Maker Faire Tokyo」で、パネルディスカッション「オルタナティブ・ライフ:まだ見ぬ生命の姿を求めて」を聞いてきました。

登壇者はこちらの3名。

久保田晃弘1960年大阪生まれ。多摩美術大学情報デザイン学科メディア芸術コース教授。芸術衛星1号機の「ARTSAT1:INVADER」でアルス・エレクトロニカ 2015 ハイブリッド・アート部門優秀賞をチーム受賞。 「ARTSATプロジェクト」の成果で、第66回芸術選奨の文部科学大臣賞(メディア芸術部門)。近著に「メディアアート原論」(フィルムアート社)がある。

ドミニク・チェン1981年生まれ。フランス国籍。博士(学際情報学)、2017年4月より早稲田大学文学学術院・准教授。NPOコモンスフィア(クリエイティブ・コモンズ・ジャパン)理事。株式会社ディヴィデュアル共同創業者。主な著書に『謎床:思考が発酵する編集術』(晶文社、共著)、『電脳のレリギオ:ビッグデータ社会で心をつくる』(NTT出版)等。

津田和俊1981年岡山県生まれ。博士(工学)。山口情報芸術センター(YCAM)研究員としてバイオ・リサーチ事業を担当する。2010年からファブラボのネットワークに参加し、2013年にファブラボ北加賀屋(大阪市)を共同設立 。2015年まで大阪大学助教として資源循環やサステナブルデザインに関する研究などに従事。2016年より現職。



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合成DNAからつくられた親を持たない「ミニマルセル」

パネルディスカッションは、久保田先生の話題提供からスタート。久保田先生は、まず米国の生物学者クレイグ・ベンターが発表した「ミニマルセル」という人工生命について言及しました。

クレイグ・ベンターは、2003年に完了したヒトゲノム解読解析に最も貢献した科学者の一人。現在は、自身が設立した個人研究所で人工生命を研究しています。そのベンターが2010年、生命に必須な最小限の遺伝子だけを選択し、人工的に合成したDNA遺伝情報を持つ生命体の作製に、世界で初めて成功します。

そのときのプレゼンの様子がこちら。

ベンターはプレゼンの中で「人工合成したDNAと天然のDNAを明確に見分けるため、DNAに目印をつけた」と語っています。プレゼンによれば、彼は目印として「遺伝子コードの中に製作者やプロジェクトに貢献した者の名前、Webサイトのアドレスなどを書き込んだ」そうです。

久保田先生は、そのベンターのエピソードを例に挙げ「バイオテクノロジーはかつてのITやコンピューターと同じ進化の道を辿っている」と指摘しました。

スティーブ・ジョブズは、初期Macintoshの躯体の裏側に開発者全員のサインを刻印した。クレイグ・ベンターが自分のつくったミニマルセルに施した行為は、まさに同じ発想といえる。また、ベンターのつくった人工細胞のDNAデータは、GitHUBと同様、オープンソースで公開されており、ダウンロードして同じものを作ることが可能になっている。技術だけでなく、文化的な振る舞いに到るまで、バイオテクノロジーの進化の道筋はデジタルのそれと交錯しあい、つながっている

マイクロプロセッサーの登場がコンピュータの進化を加速させたように、バイオの世界でもテクノロジーの飛躍的な進化により、ホビイストたちが自由に研究できる環境が整いつつある。

メイカーたちによる作品にも、生命や細胞を扱う作品が増えている。今後、ALife や合成生物学はメイカー・ムーブメントという文脈のなかでも大きな意味を持ってくるだろう

ALife(人工生命)とは何か?

そもそも「人工生命」とは何だろうか。続くドミニクさんのプレゼンでは、7月に刊行された新著『作って動かすALife ―実装を通した人工生命モデル理論入門』を紐解きながら、そのあたりが詳しく解説されました。

「人工生命」とは、生命性をコンピュータ上でシミュレートすることにより、生命の本質に迫る研究領域です。英語では Artificial Life、略してALife と呼ばれます。

ALife は、人工的な生命体をゼロスクラッチでつくることだけではなく、生命の成り立ちや生命現象のしくみを含む全体像をさまざまなアプローチで理解しようとする研究分野といえます。

そのアプローチは、ソフトウェア的なプログラムを使うもの、ロボティクス、生化学的反応などを活用したものまでじつに多様です。例えば、コンピュータサイエンスの父として知られる数学者アラン・チューリングが提唱した「反応拡散系」という原理を使うと、熱帯魚の模様やシマウマの縞模様など生物界のさまざまなパターンを生成できることがわかっています。また、数学者のフォン・ノイマンは、自己複製して自分自身を作り出すモデルを考えました。彼が提示した「自己複製オートマトンモデル」は、生命現象をコンピュータ上でシミュレートするというもので、人工生命研究に大きな影響を与えています。

また、先日東京で開催された人工生命の国際会議では、人工生命研究者・池上高志氏の考案したAIの自律的運動プログラムを搭載したアンドロイド「オルタ2」が、人間のオーケストラを指揮しながら歌うオペラが上演されたそうです(超見たかった)。

ドミニクさん「ロボットが人間を従えてオーケストラを演奏する。そこにあるのは、私たちの知っている音楽ではなく、まったく新しい未知の体験なんです。オルタナティブライフ研究の進む先は、僕たち人間がまだ見ぬ生命とどう向き合うか、そしてそれらを使ってどのように新しい科学や体験を生み出していけるのか、そんな僕らの問題意識にかかっている

『生命とは何か』という大きな枠組みの問いに答えることは簡単ではありません。しかし、コンピュータで作る生命、合成DNAによってつくられる人工的な生命など個別にフォーカスすることで、逆説的に生命の本質が見えてくることがあるはず。久保田先生は、物理学者ファインマン(Richard Feynman)の言葉 “What I cannot create, I do not understand.(私は自分に作れないものは理解できない)” を引用しながら、次のように語りました。

そういった”生命らしきもの”を実際に自分でつくってみることで、初めて理解できることもある。それが生命に対する新しい視点の獲得につながるのではないか

ALife(人工生命)の実現に迫る合成生物学の今

つづいて、オライリー社から2015年に発売された『BioBuilder』の日本語翻訳版を今秋、発売予定のYCAM研究員・津田和俊さんのプレゼンテーション。

本書は、MITで開発されたカリキュラムを元に、合成生物学の基礎を学ぶ前半(第1〜4章)、具体的な実験演習について解説する後半(第5〜8章)で構成されているそうです。

この本は合成生物学の基礎を学べると同時に、DIYバイオのマニュアルとして位置付けることができると考えています。また4章では、合成生物学において最も重要な生命倫理について、どのような議論が行われてきたのかにも言及されています。世界の合成生物学を牽引するMITの本拠地、マサチューセッツ州ケンブリッジにおける倫理的議論の動向にも言及しています

合成生物学が目指す地点は、簡単に言えば、設計図であるDNAを設計し、指定どおりに振る舞う生き物をつくるということ。

現状では、既存の生物や細胞に設計したDNAを部分的に組み込んで、新しい生命体をつくるという研究が進められています

プレゼンテーションでは、BioBrick(バイオブリック)と呼ばれる規格化された遺伝子パーツを使って、工学的なアプローチでさまざまな人工生命システムの設計・構築が進められていることも紹介されました。また、本書は意図的にモジュール化され、合成DNAのプロトコル(レシピ)はクリエイティブコモンズライセンスで公開されているそうです。関連するツールキットも販売されており、オンラインで購入することができます。これらの取り組みは、DIYバイオによる研究活動を前提としていることの表れかもしれません。

YCAMでは、実際にこれらのプロトコルやキットを使って、合成DNAによる大腸菌の製作を行っています。実験に際しては、日本国内での法規制について調べたほか、文部科学省の担当者にも問い合わせて安全性を確認し、実施したそうです。

DIYバイオでは、さまざまな菌を扱うためラボ内に異臭が漂うことがしばしばあるといいます。その問題を解決するため、合成DNAによって「バナナの香りのする大腸菌」の作成に取り組んだとのこと。

大腸菌ってあれですよね。ばい菌の定番キャラとして悪者扱いされているアイツですよね。それがバナナみたいにうっかりいい匂いになったら理性が混乱しそう。でも、そういうナナメ上の発想から「思わぬイノベーション」が生まれたりするのかもしれない。と、プレゼンを聴きながら思いました。

「つくりながら考える」ことで広がる新しい可能性

久保田先生も「誰よりも先にまずは取り組んでみる、そしてそのプロセスを公開し、透明性を保ちながら道を切り開いて行くYCAMのような先駆者の存在は重要」と話します。

最後に、久保田先生は二人にあらためて「生命とは何か」とたずねました。

ドミニク「ALife 分野においても、これが生命であるという定義にはまだ至っていない。ただし、フォーカスする領域は変わってきている。ALife で今年いちばんホットなトピックは”オープンエンドな進化(Open-ended evolution)”。つまり、収束しない進化をどう実現させるのか、ということ。最適解が存在すると、どうしてもある地点で進化が収束してしまう。オープンエンドな進化のためには、ALife以外の分野の人々も取り込み、多様な議論を深めていく必要がある。すなわち、分野自体をオープンエンドに広げていかなければならないという共通認識が生まれている」

久保田「生命をつくるだけではなく、既存のサービスや製品に移植するという方向性もある」

ドミニク「ALifeの適用対象は無数にあると思っている。私たちは『生命性を実装する』という言い方をするが、例えばスマホなどのデバイスにALife的なものを実装するとどうなるのか。今も人工知能を用いたペットロボやバーチャルペットはすでに存在するが、それらをALifeエンジンに置き換えたらどうなるのか。まだまだ検証すべき事柄は多い。人工知能と人工生命の設計思想の原理的な違いは、実用性に根ざしていないということ。生命システムのように、収束しないで進化していくモデルは、そういう発想からしか生まれないだろう」

久保田「バイオラボでは生命の定義について、どういう議論がなされているのか。われわれの時代の生命とのふれあいは、例えば昆虫採集や金魚の飼育のように、生々しい生の感覚と隣り合わせだった。一方、バイオラボの中では、工学的にDNAを合成するようなアプローチで生命に対峙している。そこで育まれる生命に対する感覚とは、どのようなものなのか。素朴な疑問として津田さんに聞いてみたい」

津田「私自身でいえば、微生物や細菌、昆虫から動物、人間に至るまで、すべての生き物はDNAによって設計されているということ、そしてそのDNAから生命が立ち上がっていること、それを理論の上だけでなくリアルな実感とともに理解できたことが大きな発見だった。『すでに生命は設計可能である』ということを理解しなければ、今後『生命とは何か』についての議論を深めていくことはできないと思う」

久保田「生命倫理については、本書ではどのように扱われているのか」

津田「生命倫理に関する議論は尽きないので、どのように議論を進めていくか、その手法が収録されている。生命科学研究者の岩崎秀雄先生も強く訴えているが、生命倫理については多様な意見を取り込みながら、一度きりではなく、継続して議論していくことが大事。現状では、生命に介入するこのような研究分野に対する誤解がある。合成生物学やDIYバイオは、生物を思うままに設計し、作り変えることを目的にしていない。生命とは何かを知り、その新しい可能性を探ることだと考えている」

ドミニク「生命を操作できるからといって、制御できるとは限らない。例えば、僕は発酵食が大好きで、ぬか床もつくっている。おかげで微生物に対する知識が増え、ぬか床をかきまぜることで身体感覚を伴った理解の解像度も上がってきている。一方で、美味しいぬか床を維持するため、日々ぬか床の状態を見ながら手入れすればするほど、自分自身のほうが微生物たちに制御されているような感覚を覚えてくる。このように、自律的に存在するもの同士が対峙したとき生まれるインタラクション、そこに『生命とは何か』を知るヒントがある気がしている」

「生命」の本質は人間が考える以上に広大である

あっという間の50分でしたが、人工生命についてモヤモヤしてよくわからなかったことが、少しクリアになりました。私としては、生命を物理的にゼロスクラッチでつくりあげることなのかな、と思っていたんですが、もっと幅広い意味、つまり「生命っぽく振る舞うシステムやモデル、機械」なども含めて考えていくということなんだなと理解しました。

むしろ、私たちが手放しで信じている「生命」のほうが、ものすごく狭義の意味での生命であり、ほんとうの「生命」というものの全貌は、わたしたちが考えているよりももっと広大で無限の可能性に満ちているのかもしれません

難しくって途中で挫折した池上高志先生の著作、もう一度ちゃんと読んでみようと思います。

そして、ドミニクさんが関わった書籍『作って動かすALife ―実装を通した人工生命モデル理論入門』(共著)はこちら

久保田さんの著書『メディア・アート原論 あなたは、いったい何を探し求めているのか?』も名著です。

わたしもまだまだ勉強が必要なので、ひきつづき精進します。

参考ウェブサイト

boundbaw “宇宙生物学からALife(人工生命)まで 「生命の起源」を探る実践”
http://boundbaw.com/world-topics/articles/8

下原勝憲 “人工生命と進化するコンピュータ”
http://www.seagaia.org/sg2000/htmlfiles/shimohara/shimohara.html

電通報 “須田桃子氏対談:ゲノムで産業の波をつくるアメリカと、これから波に乗る日本”
https://dentsu-ho.com/articles/5972

鈴土知明 “セルオートマトンと複雑系 Complex Systems Created by Cellular Automata”
http://www001.upp.so-net.ne.jp/suzudo/alife.html

ホウドウキョク “H.SCHOOL「人工生命」特集#02 「人工生命」が生み出す未知の倫理とは? 【池上高志】”
https://www.houdoukyoku.jp/posts/12516

 

 

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